アンチ-ロマンチシズムと文学との幸福な共存を謀ります。当面、「炭鉱のカナリア」になる決意をしました。第二次安倍政権の発足以来、国民は墨を塗られるだろうと予測していましたが、嫌な予感が現実になりつつあります。日本人の心性や「日本国憲法」の問題などを取り上げながら、自分の明日は自分で決めることの大切さを、訴えていきたいと思います。
昭和8年、小林多喜二が特高の拷問を受けて亡くなった際、撮られた写真がある。小林多喜二関連の本などに、よく載せられているものだ。転載には著作権の問題があるので、このブログにはあげない。

横たえられた多喜二は、首下まで掛け布団に覆われているが、その顔には白布が被せられていない。遺骸の枕元を取り巻くように友人達が座り、みな沈痛な面持ちで腕組みをしている。
多喜二の顔は、消耗しきっており、痛々しい。まだ29歳の強い生命の力を、圧殺された人の顔。

死に顔が撮影されたのは、酷い死に方をした現実を世間に知らしめる為なのだろう。
しかし、息絶えてなお、社会の役に立たねばならないのか。小林多喜二が、自分の事より人の事を優先するような、類い希な人であったらしいことを考えると、余計に辛い。
その写真は、多喜二の死が、まぎれもなく政治的な死だったことを表している。

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私は、政教分離は道理であると思っている。政治が弔いをする世の中は怖ろしい、と常々思う。
しかし、宗教の弔う力に信頼を寄せにくいと、文学がその代わりをせざるを得ないこともあるのだろう。個人の頭の中で起こる主観的現象としての弔いである。
そう考えてみると、『若い詩人の肖像』という伊藤整の自伝的小説の根底には、伊藤の友人、川崎昇が詠んだ次の歌が、通奏低音のようにして在ることに気付く。

朝にけに心におきつうつし世の言葉交はさず人を死なせたり

この「人」が一体誰なのかと、伊藤整を思わせる語り手「私」は、気にしている。
「うつし世」、この現世で言葉を交わさないままに、川崎はある人を死なせてしまったらしい。
朝に昼に川崎が心に置いている、その「人」とは誰か? 伊藤の小説の中では、誰なのか明かされることがない。

誰と特定しない方が、面白いかもしれない。もっと広く、川崎昇という人物の‘対人関係観’を、さらに広く、川崎の生き方を表している、と受け止める事もできるので。
『若い詩人の肖像』で描かれた川崎昇の人となりは、どこか‘祭司’のようである。交わすのは「うつし世」の言葉であり、かくり世(あの世)の言葉ではないにしても。
ともかく、川崎昇という伊藤整の良き理解者が人と関係を結ぶやり方は、宗教の代役を期待されるレベルにあるのだ、と私は思った。


『若い詩人の肖像』を読んでいると、伊藤整にとって、「うつし世の言葉交はさず」死なせてしまった「人」は、まずは小林多喜二なのだと分かる。そうはっきりと書かれている訳ではないが。
多喜二の死を聞いた時、28歳になっていた伊藤は、「うつし世の言葉交はさず」多喜二を死なせてしまった、と思ったに違いない。
伊藤は、多喜二に何かを言うべきだったのだ。

なぜ言わずに済んでしまったのか。多喜二の死から4年、伊藤が32歳の時(昭和12年)に発表した小説「幽鬼の街」には、何度か有った「千載一遇の機会」を逃したのは、自身の「ごまめの歯ぎしりという種類の内向的な韜晦癖によるもの」だったろう、とある。(この弁明もまた、伊藤のユーモアの効いた目眩ましに思えるが。)
ひとつ確かなことは、大正末年の治安維持法制定など、伊藤自身も多喜二も、どう言っていいか分からない程に、酷く難しい状況にあったという事。

「幽鬼の街」では、幽鬼となった小林多喜二が出て来る。多喜二が、日本銀行(旧小樽支店)の尖塔の西角をかすめて、小樽を俯瞰する天狗山の方に飛び去っていくのを、鵜藤(伊藤を思わせる人物)は見送りながら激しく後悔する。

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私は彼をもう一度呼びかえそうと思ったのだ。私は自分のほうから何も彼に言ってやらなかったのに気がついたのだ。彼が死んでしまってからの後、私はどんなに彼に会って話をしたいと思うことを胸のうちにためていたことだったろう。
(「幽鬼の街」)

「幽鬼の街」は、一つの‘葬祭’なのだと思う。

しかし何時から、聖職者ではない個人が‘祭司’を務めなくてはならなくなったのだろう?
メシアが地上に在ったときから既にそうだったのか? 中世には、宗教が機能していたのか?
神仏の代わりに個人が出て行けば、その個人が‘責任’の範囲を巡って、苦悩するようになるのは必然だ。

(苦悩しないような個人に出て来られると、出てこられた側は災難である。)


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[2011/10/04 09:00] | 伊藤整をめぐる冒険
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