アンチ-ロマンチシズムと文学との幸福な共存を謀ります。当面、「炭鉱のカナリア」になる決意をしました。第二次安倍政権の発足以来、国民は墨を塗られるだろうと予測していましたが、嫌な予感が現実になりつつあります。日本人の心性や「日本国憲法」の問題などを取り上げながら、自分の明日は自分で決めることの大切さを、訴えていきたいと思います。
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昭和8年、「万葉集のわが愛誦歌」一首を挙げるなら、という雑誌『文学』のアンケートに対し、折口信夫(釈迢空)が選んだのは、大伴旅人の従者が詠んだ歌だった。

家にてもたゆたふ命浪の上に漂(う)きてしをれば奥処(おくか)知らずも
(『万葉集』巻十七・3896)

「奥処」は、奥深いところ、果て。歌の全体は、
家にいてさえも、不安定に揺れている命であるが、浪立つ海上に浮かんでいると、行き果てるところも分からないことだ。
といった意味である。

もうすでに、近代的な“存在の不安”に、達している様子である。
万葉の時代、旅に出て不安なのは当たり前だろうが、この従者は家にいても、たゆたっていた。
謂わば、不安が日常になっていた。
「奥処」は、空間的なことであると同時に、時間的なことも含んでいるだろう。
山本健吉は、‘微小な人間存在の行き泊つるところ’と受け止めている。

ひどく古風な共同社会の一員の声の背後から、ひどく近代的な苦悩を知る当時のエリートの声が聞えてくる。かと思うと、船旅を不安がる臆病な平凡人の声の背後から、眼に見えぬものまでも見透す鋭敏な詩人の声が聞えてくる。
(山本健吉『詩の自覚の歴史』,第十六章「大伴旅人の傔従たち」)

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歌の第四句「漂(う)きてしをれば」は、「思ひしをれば」の別形も伝わっているが、折口は「漂きてしをれば」の方を採った。

「浮きてし居れば」の方が状態的である。「思ひしをれば」も仲々深さに於てすぐれて居るが、これは観念的に歌つてゐるところに、特殊な価値があるので其れを助ける「浮…」の方が当時としての此歌の新しさを示すことになる。
(折口信夫「万葉集抄」,昭和22年)

「観念的に歌つてゐるところに、特殊な価値がある」という折口の主張について。
弟子の山本健吉は‘この歌がアララギ流に写生的でないことを、一応弁護しているのであろう’と言い、『アララギ』派の歌人達が、旅人の従者達の短歌を黙殺している様を述べている。

巌(いそ)ごとに海夫(あま)の釣船泊(は)てにけり我が船泊(は)てむ巌(いそ)の知らなく
(『万葉集』巻十七・3892)

『アララギ』の指導的存在だった土屋文明は、この、同じく大伴旅人の従者の歌について、「実景ではあろうが、見方がいかにも概念的だ」と難じているそうだ。
3896番「家にてもたゆたふ命」の歌についても、「これも実感ではあらうが、一般的で取柄もない」と、冷淡に評価しているらしい。

“観念的”・“概念的”というのは、日本文学を見ていると屡々出くわす、紋切り型のキミョーな評語である。
何故、“観念”の臭いがするとダメなのか、“写生”が優越である根拠は何か?
私は、未だに理解できない。
結局彼らは、広く“一般”に当てはまる事なんぞ、追求する気は無いのだろう、と受け止めることにしている。
正岡子規とその直系達は、“普遍的”な事などに大して興味は無く、自分にこそ見えるもの、自分にこそ可能な表現に、創作の意義があると思っているのではないか。

それはそれで、一つの考え方であり、アララギ流の秀歌を否定する気は全くない。
ただ、生命的なものの顕現を狙うなら、“神が宿らない細部”にも自覚的であってほしい、というだけだ。

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折口が、十年以上も属した『アララギ』を脱会したのは、必然だっただろう。
脱会後は、反アララギ派の歌誌『日光』の同人となった。
ところで、やっぱり『アララギ』を脱会して、『日光』に加わった歌人に、古泉千樫(こいずみ・ちかし)がいた。
この古泉という歌人、正岡子規が「革新は常に田舎者によって成される」としたのを承けて、次のように言ったらしい。

我が田舎者とは直ちに創造を意味し、力を意味する。この力が美である。
(『詩の自覚の歴史』,序章一「宴の歌」から)

こういう事を臆面もなく言える時代だったのだろう。
素朴な生命の発露を信じられるのは、幸いだ。
しかし、『日光』に移った古泉は、文学観まで変化していたのか?
古泉のことまで調べている時間もないが、折口と同じ舟に乗っていられただろうか。

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[2012/08/01 15:10] | 古典と現代文学
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