アンチ-ロマンチシズムと文学との幸福な共存を謀ります。当面、「炭鉱のカナリア」になる決意をしました。第二次安倍政権の発足以来、国民は墨を塗られるだろうと予測していましたが、嫌な予感が現実になりつつあります。日本人の心性や「日本国憲法」の問題などを取り上げながら、自分の明日は自分で決めることの大切さを、訴えていきたいと思います。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

柿本人麻呂が石見の国(現在の島根県西部)から京に上ろうとして、妻と別れたときの歌がある。

 石見(いはみ)の海 津濃(つぬ)の浦曲(うらわ)を 浦なしと人こそ見らめ
   潟なしと 人こそ見らめ
 よしゑやし 浦はなけども
   よしゑやし 潟はなけども
 鯨魚(いさな)取り 海辺(うなひ)を指して
 渡津(わたづ)の荒磯(ありそ)の上に か青なる玉藻(たまも)沖つ藻
 朝羽(あさは)振る 風こそ寄せめ
   夕羽(ゆふは)振る 浪こそ来寄れ
 浪の共(むた) か寄りかく寄り
 玉藻なす 寄り寝し妹を 露霜(つゆしも)の 置きてし来れば
 この道の 八十隈(やそくま)ごとに 万(よろづ)たび 顧り見すれど
 いや遠(とほ)に 里は離(さか)りぬ
   いや高(たか)に 山も越え来ぬ
 夏草の 思ひ萎(しな)えて 偲ぶらむ 妹が門(かど)見む
   靡(なび)けこの山

     反 歌
 石見のや高津濃(たかつぬ)山の木の間より 我が振る袖を妹見つらむか
 篠(ささ)の葉はみ山もさやにさやげども 我は妹思ふ 別れ来ぬれば


この長歌の「か寄りかく寄り」までは、「玉藻なす寄り寝し妹を」を導き出すための序詞であり、妻のいる石見の浦の様子を述べている。たとえ浜がなくても、干潟がなくても、鯨漁が行われ、磯には美しい藻が寄せる、というふうに。

長歌の末五句の、
 夏草の 思ひ萎えて 偲ぶらむ 妹が門見む 靡けこの山
について、山本健吉は、‘反歌を有しながら、長歌の末五句が完全に短歌形式の感覚を具えている’例として取りあげている。
(『古典と現代文学』「抒情詩の運命」)

長歌の末五句には、そもそも、‘短歌成立’の主要な動機が在ったらしい。
折口信夫の推測によれば、‘長歌の一部が最後に繰りかえし歌われる習慣があり、詞章の最後の三句ないし五句が独立の機運をはらむように’なった。
つまりそれが、五・七・五・七・七の詩型の発端である。

古く、記紀時代の長歌や『万葉集』の冒頭の長歌などには、反歌は付いていない。
だが、‘短歌類似の’末五句が唱和されているうちに、次第に、長歌に反歌が添えられるようになったというのが、折口説にのった説明である。
その反歌の本意とは、‘長歌詞章の精髄たる部分を、調子を変えて繰りかえすこと’にあった。

sunset山_convert_20120407023800

引用した人麻呂の歌の場合、長歌の末五句では、「靡けこの山」と言うような強い願望が歌われている。
夏草のようにうな垂れて人麻呂の帰りを待っている妻に会いたいが、せめて妻の家の門だけでも見たい、邪魔な山は傾いて伏せてしまえ!と。
靡けこの山」とは、かなりオーバーな表現である。

山本健吉は、この末五句の‘誇張された声調’に対して、‘反歌は打って変わった、沈潜した声調である’とする。
折口信夫の説によれば、「石見のや」と「篠の葉は」の反歌二首は、‘鎮魂の歌’なのだそうだ。

鎮魂といっても、この場合、鎮めるのは死者の魂ではなく、生きて旅をしている人麻呂自身の魂である。「靡けこの山」と、激しく波立つ人麻呂の心。
「石見のや」の反歌では、妻の魂を呼ぶ‘魂乞い’によって、波立つ心の平安を求める。
「篠の葉は」の反歌では、夜寝つかれないままに、篠の葉の響きを聞きながら、心を澄ましている。

「さやに」「さやぐ」などの言葉は、鎮魂に関係して用いられるのであって、ここでは篠の葉がざわついているのに対して、逆に心を鎮めて妹のことを思っているのだ。
(『古典と現代文学』「抒情詩の運命」)

‘鎮魂’ということは、むしろ生者にとって切実に必要とされるのではないか、と私は思うことがある。生きている人間の不安定な心に、悩まされ続けてきた者として……。
このブログだって、自分の魂を(もし可能なら読者の魂も)鎮めるために書いているのだ。
それもただ鎮めるだけでなく、魂を生き生きと動揺させつつ、同時に鎮めることができたら……。


電飾列車

まあ、それはともかく。
山本健吉は、人麻呂に於いて優れた短歌(反歌)が結晶したのは、長歌という‘母胎’があったからこそだと説く。

人麻呂の短歌が、「篠の葉は」とか「敷妙の」(一九五)とかいった、深く沈潜した詩としての純度を獲得することができたのも、もともと長歌と対応する唱和的世界のなかで、一種の反省として、自覚として(私は批評としてと言いたいのだが)の詩と化する契機をつかむことができたからだ。そのことはひいては、長歌的なもの、叙事詩的・劇詩的なものの背景としての神話的・共同的基盤のなかに、短歌が自己結晶するためのもとを見出だしたということになる。だから、長歌の死はひとつの様式の死を意味し、短歌がその多くの聴者とともに生きる共通の地盤の喪失を意味した。

(『古典と現代文学』「抒情詩の運命」)

人麻呂は、長歌の最終的な完成者とされる。
と同時に、‘長歌の反歌としての短歌形式の優秀性を立証し、短歌の独立に道を開いた’。
そして、短歌の独立に道を開くということは、‘長歌の死’を招くということでもあった。

【関連記事】柿本人麻呂-山本健吉という批評家の後半
スポンサーサイト

[2012/04/10 06:00] | 古典と現代文学
トラックバック:(0) |
コメント:
この記事へのコメント:
コメント:を投稿
URL:

パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック:
この記事のトラックバック URL
この記事へのトラックバック:
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。