アンチ-ロマンチシズムと文学との幸福な共存を謀ります。当面、「炭鉱のカナリア」になる決意をしました。第二次安倍政権の発足以来、国民は墨を塗られるだろうと予測していましたが、嫌な予感が現実になりつつあります。日本人の心性や「日本国憲法」の問題などを取り上げながら、自分の明日は自分で決めることの大切さを、訴えていきたいと思います。
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保田与重郎は、深くて幅広い堀に守られた城塞のようだ。

堀を埋めて侵入しようと、土砂を運んでいるうちに、いつしかエネルギーを吸い取られているような、イヤな感じがしてくる。
他人のせいにするのもどうかと思うが、先週は記事を更新する気力が萎えていた……。(m(-_-)m)
こういう所が、保田の憎悪される所以なのだろう。
対抗手段を持っておきたいが…、と当て処ない思いで、脈絡もなくプロ野球の開幕戦を見に行った。

ロケット風船

私は特に、ファイターズのファンでも、ライオンズのファンでもないが。

風船ポンプ

ずっと以前、広島市民球場には何度も野球を見に行ったが、札幌ドームは初めてであった。
そのいかにもお金のかかっていそうな贅沢な作り、ショーアップされた試合進行。
そうさ100%ユウキー♪ もうがんばるしかないさー♪
3万6千人の観客(ほとんどがファイターズファン)に周知されている応援流儀。

120330_2021~01_0001

そういうものを、売れ残っていた最上段の席で見渡しながら、私は度肝を抜かれたようであった。

斎藤佑樹は、プロ入り2年目で初完投勝利。
ヒーローインタビューで、「持っていると言うより、今は背負ってます!」と、ホオッと溜め息の出るような受け答えをするのを聞いて、なんだかものすごく良いものを見たような気がした。

勝利

それで、頭の中の引き出しが開いたのだろう。山本健吉という文芸批評家の存在を思い出した。

山本健吉(1907-1988)は、亀井勝一郎と同年の生まれ。
平野謙や中村光夫ほど華々しい存在ではないが、安岡章太郎・吉行淳之介・遠藤周作らを「第三の新人」と呼んだ、あの批評家である。
折口信夫の直弟子。日本の古典文学、特に詩歌に造詣が深い。
保田与重郎の外堀を埋めるために、頼りになりそうである。
これで、保田に呑み込まれずに、なんとかやれるかもしれない。

古典と現代文学

飛鳥時代の歌人・柿本人麻呂について、その出自や経歴は不明な点が多い。
山本健吉は『古典と現代文学』(1955年)で、人麻呂はもともと小野神を氏神とする巡遊伶人だったと考える。

日本古代の漂泊種族の生活様式から考えれば、小野神を主神としてその信仰を持ち廻る旅を続けながら、落ちついたところに村を構え、その分割したものが、さらに漂泊して廻るという形を取る。咒術を行ない、咒詞を諷誦して廻るのである。柳田国男先生の『神を助けた話』に小野神の布教については詳細に説かれているから、この神を氏神とする柿本族人の巡遊状態も、当然考えてよいのだ。
(『古典と現代文学』「柿本人麻呂」)

人麻呂は、壬申の乱から25年ほど後、荒廃に帰していた大津の宮の跡を見て、次のような長歌を詠んだとされる。

 玉だすき 畝傍(うねび)の山の 橿原(かしはら)の 聖(ひじり)の御代(みよ)ゆ、
 あれましし 神のことごと、
 樛(つが)の木の いやつぎつぎに 天(あめ)の下 知らしめししを、
 空見つ大和をおきて 青丹(あをに)よし奈良山を越え いかさまに思ほしけめか、
   天(あま)離(さか)る 鄙(ひな)にはあれど、
 石(いは)走る 近江(あふみ)の国の漣の 大津の宮に天の下知ろしめしけむ
 皇祖(すめろぎ)の 神の尊(みこと)の 大宮は ここと聞けども、
   大殿(おおとの)は ここといへども、
 春草の 茂く生(お)ひたる、
 霞立つ 春日(はるび)の霧(き)れる、
 ももしきの 大宮ところ 見れば悲しも


この長歌について、斎藤茂吉などは、人麻呂の個人的感慨を読んだものとして評価する。
茂吉に対し、山本健吉は、この歌の‘公的動機’を指摘する。
‘旧都の精霊の心をなだめようとする動機’であり、‘小野神に斎(いつ)く小野氏を氏ノ上とする族人たちの代表という資格において’読んだものと想定している。

彼は漂泊する族人の群れの創造的な空気のなかで、神話的・宗教的基盤に立って、諷誦用の歌詞を作ることを任務とした。この長歌は、出だしの儀礼的荘重さを見ても、独白的発想からは遠い。しかもこの没個性的な表現のうちに、人麻呂の詩人的自覚が胎動してきている様子が見られ、おのずから人麻呂的なものが形成されて来ているのを見る
(「柿本人麻呂」)

現代人から見て「混沌」と名付けたくなる人麻呂の要素について、このように山本は、‘人麻呂が代作詩人として個性離脱の契機をつかみ、自分を個性的な感情や思想より、もっと大きなものに委ねることができたからだ’と説いている。

こういう山本流の把握は、保田与重郎とクロスしつつ、保田に呑み込まれないために、役立ちそうだ。
人麻呂は、壬申の乱や天武天皇を賛美したかどうか?
高木市之助や石母田正らのように、大和朝廷の時代を日本の「英雄時代」とし、人麻呂に‘英雄叙事詩の残照’を見出す、という立場があるのだが。


山本は、人麻呂にとっての“神ながら”の思想を、‘詩的表現を展開するための必要な枠として’とらえている。しかし、現代人が人麻呂の作品を享受する場合に、‘人麻呂が借用した枠、あるいは信じた枠’を、必ずしもそのまま信じる義務はないという。

モラルの支配する現実世界から、詩的世界を切り離す以外に、詩の純粋な享受の方法はないのだ。
(「柿本人麻呂」)

私が読んでいて感じるのに、保田与重郎とは(本居宣長も)“信仰の人”だが、山本健吉は“信仰の人”ではない様だ。

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[2012/04/03 15:39] | 古典と現代文学
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