アンチ-ロマンチシズムと文学との幸福な共存を謀ります。当面、「炭鉱のカナリア」になる決意をしました。第二次安倍政権の発足以来、国民は墨を塗られるだろうと予測していましたが、嫌な予感が現実になりつつあります。日本人の心性や「日本国憲法」の問題などを取り上げながら、自分の明日は自分で決めることの大切さを、訴えていきたいと思います。
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小林多喜二「詩の公式」の電子テキストです。

初出は『山脈』,1927年(昭和2年)5月号
底本は『小林多喜二全集』第5巻(新日本出版社,1992)
(原文に付された傍点は省略しました。くの字点は表示困難の為、「まだまだ」という様に表記しました。)

テキスト中に2箇所、(註。)とありますが、1つめの(註。)については、『小林多喜二全集』の巻末にも解題にも、何の記述もありません。
2つめの(註。)については、『全集』の巻末注に以下のようにあります。
「『文芸戦線』の引用詩」一九二七年二月号のゲ・レレーウィッチ、蔵原惟人訳「アギートヵ万歳」のポロンスキイの詩

ブログで電子テキストを公開するのは、今回で一応最後です。
次回更新から、文学についての記事を再開する予定です。

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 詩の公式
  =生活、意識、及び表現の三層楼的関係に就いて=
小林多喜二


 誰が云ったか記憶はないが――「詩とは散文の終ったところから始まる」という言葉は自分を捉えている。
 自分達が詩の鑑賞をする場合、散文の到達点と詩の出発点とのデリケートな感覚的認識能力のない限り、自分達にとって詩はついに無用の長物でしかなくなるであろう。リトマス試験紙のように、或いは電気のようにビリンと来たらビリンと反応出来る感情の訓練が必要である。狂った検温器のようでは何んにもなるまい。
 然し前の言葉はモット重要な意義を我々に与えているのだ。それは、そういう詩を創造(クリエート)するものの生活実体についてゞある。自分達の生活の大半が散文的であり、その反射形態(若しくは意識形態)として考えられる芸術(こゝでは詩)も当然その生活に順応するものであれば、そういう生活を生活しているものが、その必然の結果として、散文の終点から出発すべきものである詩を産み出すことが出来るか、という問題である。詩の発生起源として一般に考えられている事を正しいとすれば、詩とは太古に於いては戦勝の叫声であった。この事は、だから詩は平板な一つの流れとしての生活から産れるものでないことを証明している。詩は(劇もそうであるが)生活の危機から産れなければならないのである。この事が云われなくては前出の言葉はその実践的根拠を失うのである。――石狩川は何処から源を発しているか知らないが、とにかく旭岳の麓から石狩町の川口まで、その間幾つの滝があるか? 如何程の急流岸をかむ所があるか? 詩はそのときでなければ産れない。だから詩は「作るもの」ではない。詩人は自分が創造するものと自惚れているかも知れない。
 然し「作られる」ものである、あらゆる芸術はそれがよってもって立っている生活実体の意識形態としての上層建築物であるに過ぎないからである(然し彼等が自惚れている限り、自分達が獅子舞いのように逆立ちをしていることを知らないのである。だから彼等は伽噺の裸の王様のようにお目出度く、まさにコペルニクス以前の人であることになる。)
 彼等詩人と称するものは、自分の作詩意識の決定要因である生活そのものを考顧することなしに――そういう内的必然性なしに、生活実体に於ける散文的と詩的とのデリケートな判別能力のないものが、(御当人には定めし立派な詩に見えることだろうが)詩を作ることについて自分は云いたかったのである。これはムキに云う方が恥かしい位単純なことである。まゝ真理は馬鹿らしいことを云うものである。――「詩とは散文の終ったところから始まる。」と。然し、それをそうだからって、今度はこっちで馬鹿にする時は大目玉を受けるものと知らなければならない。(註。)


 自分の隣に若い女がいる。何か書いている。何を書いているのか、と自分が訊ねると、詩を書いているのだ、と答えた。そして紙の下の方に行かないうちに行(ぎょう)を変えて書いている。何故途中で行をかえるの、自分がそう重ねてきいた。女は自分の顔を一寸の間見ていたが、顔をしかめて、フンという風に肩を縮めて横を向いてしまった。自分は取りつく島がなくなった。そこで今度は自分は諸君にこの事をきいてみたいと思うのである。
 詩を作る人達が作詩の態度上「行(センテンス)をかえることに」必然的気迫を感じてそうするのか。「どうしても」行をかえなければならないからかえるのか。それとも、詩は今も昔も、日本も外国も行をかえてかくことになっているからそうするのか。
「行を途中でかえるから詩になるのではない。」と、若しこの場合自分が向き直って云ったとしたら、皆んなはその単純の故に笑うであろうか? 笑っていゝかも知れない、笑える人には。然しそうでない人は笑う前に七ツ位心のうちで数をかぞえてからしてはどうであろう。
 問題は、詩人のその熟し切った作詩意識とそれがやがて導入されるべき必然の形式たるものゝ間に横たわるギャップについてゞある。(この二つのものゝ過程を自分は表現と思っている。)彼等が若しそこを飛躍するならば足は地を離れなければならない。(自然は飛躍せず。)一種の芸当である、危い。そこに形式への導入の嘘が存在することになる。しかも彼等は自分がジャンプをしながら、そう見せない。こゝに必然的な致命傷がある。木造家屋の外側にコンクリートを塗った建物である。
 彼等はまずその作詩意識と導入形式を埠頭とそれにピッタリ横付けにされた船との関係のように、二種の液体間の拡散のようにすべきであった。(ストリンドベルグはその自然主義的な立場から、詩について、人間は日常あんな白粉臭い言葉なんか使わない、と云って斥けたことは、色々議論のあることゝしても、鋭敏にもこのギャップに気付いたことを証明しているのである。)
 自分はさきに、作詩の意識は彼等自身の生活実体が決定すべきで、高貴にして独創的な頭脳がそれを決定すると自惚れることが如何に錯覚であり、倒立ちであるかを明かにした、そこで今度は、また導入の形式も、最新のフランス帰りの土産物としてピョコピョコ決して生れるものではなくして、その決定要因は、深く生活に根差すことによって必然的に醸し出された作詩意識に依ってである、ということを述べたいのである。
 生活→作詩意識→表現。まさにその相互関係は三階の建物である。
 意識は生活の湯気である。意識はその根底にその人自身の生活を持っていない限り、蜃気楼である。(小説のことであるが)自分は新感覚派が流行してきたとき、若しその人達の生活それ自体の必然的な意識形態としてああいう作風が生まれて来たのだ、としたら勿論問題外だが、将して彼等自身そうか、と疑いを最初にもった。豈はからんや。彼等は芸術はカイライであり、細工物である、と考えていた。こゝに大きな誤りがある、(芸術は彼等が勝手に作るものではなくして、作られるものであることを述べた筈である。)最初はなる程謂うところの新感覚派的のものが出来た。が、根が空に浮いている。水分を何者からも吸いあげることが出来ない。枯れなければならなくなった。自分自身に嘘をついて、自分とその導入形式との間のギャップ(殆んど無関係な位と云っていゝ。)がとてつもなく大きいのを知らん顔をしてジャンプをしているのだ。化の皮! そしてそれとは逆にプロレタリア文学が、たとい如何様なる批判を下され、沮まれようとも「底力のある」強力をもってジリジリと進展してきたことは何を意味しているか。これで、前にのべた三層楼的関係の第一、第二、第三命題が事実の側から証明されたことになると思う。


 自分は横になって天井を見ている。それからボンヤリ側にあった詩の本を一冊取りあげて、ボンヤリ頁をめくって行く。
「涙」「月」「恋人」「白き手」「季節」「砂丘」「レター」「キッス」「唇よ」「髪の匂い」「夕べ」「シャンデリヤ」「ゴンドラ」「マロニエー」「シャンゼリゼエ」「並木道(ヴウルヴアル)」「瓦斯燈」「カクテル」「カフェー」「ナポリ」「サモワアル」「すゝき」……一寸の間にこんな言葉が何度も出てくる。こうなる。と詩用語辞典が出来上りそうだ。さて、今挙げたこれ等最大公約数をもって、誰かの詩を順次に割ってみる。ところが答えが皆零である。一・二位ならいゝ方であろう。即ちこの事は、(算術の法則に従えば)その詩の内容は結局これ等最大公約数しか包んでいなかったということである。(勿論この美しい言葉についてはまだ言わなければならない事があるけれども長くなるから省く。)
 で、又馬鹿らしい真理はこゝにも又もう一度ひっぱり出されなければならない。「そんな言葉を並らべたからって詩は出来上らない。」
 然し、こう云うこともあったのである。――たゞ単に外形的なリズムを持ってきて、それにピンセットで活字を一つ一つ拾ってきてはめこんで(どんな活字でもはまる活字ならいゝのである。)詩というものを作った、ということが。あの有名な「逆立ち」である「この土手に上るべからず警視庁」はこの典型的なものである。が、諸君はすぐ「まあ!」とか「馬鹿にしてらァ」という前に、「朝起きて、飯を食っていたら、友達が来て、学校へ行って……」なんて詩を作ることをやめなければならないと同様に、枕詞、中詞、尻詞の固定的、外面的約束にたゞ単純な理由で捉われないようにしなければならないのではあるまいか。


  作家、若し 彼が――波であり、
   大海が――ロシアであるならば、
    大海の立騒ぎし時、
  いかでか 立騒がざるを得よう。(文芸戦線より。)

(註。)これ等の関係についてはまだまだ云い足りないし、触れなければならない事で全然触れていない所がある。が、余白がないのである。然し一言したいのは、あゝいう云い方のため人間の立つ瀬がなくなり、極端に人間が不自由になり、決定的で、宿命的になってしまった、と思うのではないか、という事である。然しそれは短見である。これは丁度人間が空気の中に住んでいる場合、人間はその空気を吸って生きているという制限を受けているのであって、その不自由を逃れようとすれば死なゝければならない。そして人間は空気によって生きているというこの中では自由なのである。だから人間の自由は自然の法則に意識的に服従することであり、それは又自然の認識を前提する。「自分は室の中に住んでいればその室に束縛を受けるのである。室の外に出るにも扉に手をかけて開けなければならない。然しそういうことに従って、自分が外へ出ようとする自分の決意には自由がある。その反対にこの室の中に雀でもまぎれ込んだなら逃げようとして勝手に飛び廻る、だから表面上は自由に思うまゝに振舞っているように見えても、実際には盲目的に外物の支配をうけているのであるから、結局不自由である。室内の構造を知尽することにより、出るべき場所から静かに出てゆく人間の上にのみ真の自由はある」(河上肇)如何に滅茶苦茶の雀詩人の多いことか。彼等はあのギャップのまわりを飛んで廻って、結局鼻先を砕いて死ぬ自由を持つであろう。が、本当のところ此処へカントの所謂先験の哲学、超経験の問題が論議されなければならないのであるが、自分としてもこの間の問題に就いては未解決なのである。いずれ触れることがあるであろう。
(一九二七・三・二〇)



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[2012/01/31 07:00] | 電子テキスト
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