アンチ-ロマンチシズムと文学との幸福な共存を謀ります。当面、「炭鉱のカナリア」になる決意をしました。第二次安倍政権の発足以来、国民は墨を塗られるだろうと予測していましたが、嫌な予感が現実になりつつあります。日本人の心性や「日本国憲法」の問題などを取り上げながら、自分の明日は自分で決めることの大切さを、訴えていきたいと思います。
「あのう、あなたはりっぱな詩人になったのでしょうか、それとも正しい人間になったのですか?」
(「幽鬼の街」)

「幽鬼の街」(昭和12年)で伊藤整が描いた、リアルであると同時に奇妙に歪んだ‘街’と人々。
悪い夢の中でもがいているような、そんな肌寒く曇った街で、15年前のまだ中学生だった自分に出会ったら。そして、「あのう、あなたは・・・・・。」と問いかけられたら、どんな気持ちがするだろう。
文学に限らず美的なものに執着してきた人間なら、やはり、なんとなく顔が赤くなってしまうだろうか。

「幽鬼の街」の鵜藤(伊藤整を思わせる人物)は、故郷の小樽に戻り、道行く先々で「鬼ども」に責められ、追いかけられる。
古着街の店先にかかっている派手な長襦袢が、鵜藤を手招きして、しゃべり出す。
「ねえ、私をおぼえているでしょう。ほら私はあの秋日和に汗ばんだ顔をして井戸のはたで水を飲んだ洋子よ。」
それを聞いた女学生の赤い袴が、「まあひどい鵜藤さん、あなたは私にも・・・・」と言ってすすり泣く。
そんな無数の古着がむくむくと起きあがり、押し寄せてくるのを蹴散らしながら、鵜藤は逃げ出す。逃げ出した所に、15年前の鵜藤少年がいて、「あのう、あなたは・・・・・」と問いかけるのである。

「りっぱな詩人」と「正しい人間」を同格的に並べられると、奇襲をかけられたようで、質問された側はちょっと混乱するだろう。なんだか出鱈目であるようにも思う。
それでも鵜藤少年の問いを素通りできないのは、その問いかけが、斬新であり、かつ古典的な問であるからだろう。
どう大切なのか説明しにくいが、ともかく大切な問いかけであるような気がして、引っ掛かってしまう。
遠いところからの聞き取りにくい声なので、注意して聞くのを怠っていたが、たまさか聞こえてしまうと、聞いた人間にショックを与える問いかけ。

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この鵜藤少年は、こんな事も言ってくれる。それは、私が「幽鬼の街」を初めて読んだときから25年以上、年を追うごとに増える飛蚊症のうるさい影のようだ。

「今だから言ってあげますが、理想というのは絶対に実現ということを目あてにしているのではないのです。そんなのは野心です。」

こんな、不当なような、正当なような批判をされると、批判された側としては黙っている訳にもいかない。
途方に暮れた鵜藤は「大人の言いわけ」をするが、納得しない鵜藤少年は、泣きながら去ってゆく。大人の鵜藤は胸が痛い。

伊藤整の読者も、胸が痛い。自分の胸にあるのは、理想か? 野心か?
考えても仕方がない? 考える必要はない?
プロレタリア文学(小林多喜二)のことが念頭にあって伊藤はこんな事を書いたのだ、と考えれば、読者は少しは気楽だ。しかし、不都合なことに向き合っていたほうが、文学として粗雑にならず、良いものを引き出せるだろう。
だから私は、こういう愚問まがいの問を、これからも頭の隅に置いておこう。
日常の色んな力学に左右されて、自分自身の土台を内側から崩してしまわないためにも。
そういう、少なからぬ物書き達がおかした失敗を、性懲りもなく反復しないためにも。


どうも私は、詩でも、小説でも、エッセイでも、学術書でも、読むことで記憶の古い層が動揺するようなものに、気が付くと手を伸ばしている。その記憶とは、私個人のものというより、‘集合的無意識’に近いものだろうか。

夢のような世界を描いた小説は多々あるが、「幽鬼の街」は上に書いた事を含め、色んな意味で‘悪夢’である。

鵜藤を責める「ゆり子」にしても、彼女が不幸になったのは、なにも鵜藤のせいだけではない。
神仏も、社会も、ゆり子の親や夫も、ゆり子自身も、誰も責任をとろうとしないので、鵜藤はひたすら自分が悪いような気がしてくるのである。

「何の交渉もなかった人への関心が、いま十年の後にかえって強く残っていることがあってみずから驚いているんですよ。こういうものでしょうか。」

「意味は八方へひろがり、すべてのものにつながっていて、考えればみな締めくくりがつかなくなるのですよ。これはどういうことでしょう。」

「もし生活の一片ごとに誠実であろうとしたならば、僕は命を百持っていてもたりなかったでしょう。こういう考えはおかしいでしょうか? 」


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[2011/10/24 00:05] | 伊藤整をめぐる冒険
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