6月23日は沖縄の「慰霊の日」だ。
沖縄では、地上戦で20万人以上が犠牲になった。6月23日は、その戦闘が組織的には終結した節目として制定された。
この「慰霊の日」のニュースより、一有名人の訃報が大きく扱われるという、異様な事態が発生した。
NHKのニュースウォッチ9でも、小林麻央さん死去のニュースがトップ扱いで、番組冒頭から10分近くその闘病生活がブログ記事と共に事細かく伝えられた。
変な話だ。
NHKの19時や21時のニュースなら、「慰霊の日」と都議会告示が1番目・2番目に来て当然だ。
NHKは、昼時間のワイド「ごごナマ」でも、市川海老蔵の会見を異例の生中継している。
民放のワイドショーじゃあるまいし、「社会的影響が大きいので中継した。ニュースの生中継は稀な対応」(NHK関係者)とは、聞き苦しい言い訳に聞こえる。
小林麻央さん死去の「社会的影響」って、いったい何なんだ?
確かに、小林さんは歌舞伎の名門の妻で、聡明で美しい元キャスターだった。そのブログについて、英国公共放送のBBCからも評価されている。
しかし、その死去がトップニュースになるほど、社会にとって重要な存在ではないだろう。
ブログは別として、何か社会的に注目されることを成し遂げた、という訳でもない。
小林麻央さんは、客観的に見て、タレント、有名人である。
それに、「闘病ブログ」については、小林さんのブログ以前から既に1つのジャンルが出来上がっていると言っても良い。
良質の「闘病ブログ」は他にいくらでもあるのだ。
小林さんのブログに共感する人が多いことは事実としても、「社会的影響」と言われた時に、私は違和感しか覚えない。
つまり、彼女の人生と闘病に、普遍性があるのか、疑わしいのだ。
「普遍性」、つまり全ての物事に通じる性質だ。
日本人だけでも1億以上いて、実際には「全て」は有り得ないにしても、小林さんのケースは多数派でさえないだろう。
癌との闘病で大きな支えになった家族にしても、小林さんの家族関係は実に理想的なケースだ。
家族関係が悪くて支えにはほど遠い人、そもそも家族がいない単身の人。
乳ガンなんて、妊娠・出産の経験がない人の方がリスクが高いのだから、愛する子供もいなくて癌と闘っている人は多いはず。
そういう人が、小林さんのブログを見て、本当に勇気づけられ力を得られるだろうか?
むしろ逆で、孤独な境遇と比較して萎れてしまいかねない、と私は思う。
スマホのニュースアプリなど、小林さんがこんな記事を更新した、とか彼女の写真付きで配信していたが。
私は、当のブログを見る気になれなかったから、今に至るまで訪問したことはないし、今後も見るつもりはない。
Yahoo!ニュースの小さな写真でも、やせ衰えた様子が明らかで、痛みとか高熱とか入退院とか、悪化しているのが分かるから、精神衛生上よいものではない。
小林さんが癌を克服したのなら、家族の絆がない人でも、ブログから力を得られるかもしれない。
しかし結局は、悪性の癌は難しいという結論を突きつけられて、癌患者は絶望しかねない。
同じ闘病ブログでも、科学的に治療方法を模索しているブログの方が、はるかに意味があろう。
小林さんは、愛する家族とともに懸命に生きて、亡くなった。
それ以上でもそれ以下でもなくて、そういう生き方が出来たのは、その人が幸せだったのだ。
孤独に癌と闘っている人についてこそ、社会は言うべきことがあるだろう。
異様なのは、小林さんの死去が情報として利用されている事態だ。
なんで、内閣官房副長官が、言葉を尽くして小林さんの姿が「きっと多くの患者に勇気と力を与えてくれた」などと、会見で述べるのだろう。
内閣官房副長官としては、絶対注目されては困る別の情報が、6月23日に出てきたわけだ。
小林さんもニュース番組のキャスターをしていた人だ。その死去をこのように情報操作に利用するというのは、何ともムゴイ仕打ちだ。
沖縄では、地上戦で20万人以上が犠牲になった。6月23日は、その戦闘が組織的には終結した節目として制定された。
この「慰霊の日」のニュースより、一有名人の訃報が大きく扱われるという、異様な事態が発生した。
NHKのニュースウォッチ9でも、小林麻央さん死去のニュースがトップ扱いで、番組冒頭から10分近くその闘病生活がブログ記事と共に事細かく伝えられた。
変な話だ。
NHKの19時や21時のニュースなら、「慰霊の日」と都議会告示が1番目・2番目に来て当然だ。
NHKは、昼時間のワイド「ごごナマ」でも、市川海老蔵の会見を異例の生中継している。
民放のワイドショーじゃあるまいし、「社会的影響が大きいので中継した。ニュースの生中継は稀な対応」(NHK関係者)とは、聞き苦しい言い訳に聞こえる。
小林麻央さん死去の「社会的影響」って、いったい何なんだ?
確かに、小林さんは歌舞伎の名門の妻で、聡明で美しい元キャスターだった。そのブログについて、英国公共放送のBBCからも評価されている。
しかし、その死去がトップニュースになるほど、社会にとって重要な存在ではないだろう。
ブログは別として、何か社会的に注目されることを成し遂げた、という訳でもない。
小林麻央さんは、客観的に見て、タレント、有名人である。
それに、「闘病ブログ」については、小林さんのブログ以前から既に1つのジャンルが出来上がっていると言っても良い。
良質の「闘病ブログ」は他にいくらでもあるのだ。
小林さんのブログに共感する人が多いことは事実としても、「社会的影響」と言われた時に、私は違和感しか覚えない。
つまり、彼女の人生と闘病に、普遍性があるのか、疑わしいのだ。
「普遍性」、つまり全ての物事に通じる性質だ。
日本人だけでも1億以上いて、実際には「全て」は有り得ないにしても、小林さんのケースは多数派でさえないだろう。
癌との闘病で大きな支えになった家族にしても、小林さんの家族関係は実に理想的なケースだ。
家族関係が悪くて支えにはほど遠い人、そもそも家族がいない単身の人。
乳ガンなんて、妊娠・出産の経験がない人の方がリスクが高いのだから、愛する子供もいなくて癌と闘っている人は多いはず。
そういう人が、小林さんのブログを見て、本当に勇気づけられ力を得られるだろうか?
むしろ逆で、孤独な境遇と比較して萎れてしまいかねない、と私は思う。
スマホのニュースアプリなど、小林さんがこんな記事を更新した、とか彼女の写真付きで配信していたが。
私は、当のブログを見る気になれなかったから、今に至るまで訪問したことはないし、今後も見るつもりはない。
Yahoo!ニュースの小さな写真でも、やせ衰えた様子が明らかで、痛みとか高熱とか入退院とか、悪化しているのが分かるから、精神衛生上よいものではない。
小林さんが癌を克服したのなら、家族の絆がない人でも、ブログから力を得られるかもしれない。
しかし結局は、悪性の癌は難しいという結論を突きつけられて、癌患者は絶望しかねない。
同じ闘病ブログでも、科学的に治療方法を模索しているブログの方が、はるかに意味があろう。
小林さんは、愛する家族とともに懸命に生きて、亡くなった。
それ以上でもそれ以下でもなくて、そういう生き方が出来たのは、その人が幸せだったのだ。
孤独に癌と闘っている人についてこそ、社会は言うべきことがあるだろう。
異様なのは、小林さんの死去が情報として利用されている事態だ。
なんで、内閣官房副長官が、言葉を尽くして小林さんの姿が「きっと多くの患者に勇気と力を与えてくれた」などと、会見で述べるのだろう。
内閣官房副長官としては、絶対注目されては困る別の情報が、6月23日に出てきたわけだ。
小林さんもニュース番組のキャスターをしていた人だ。その死去をこのように情報操作に利用するというのは、何ともムゴイ仕打ちだ。
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この記事へのコメント:
お久しぶりです。
今後ともよろしくお願いします。
今後ともよろしくお願いします。
コメントありがとうございます。
こちらこそ、よろしくお願いします。
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2017/06/24(Sat) 19:26 | URL | 小谷予志銘 #-[ 編集]
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「×」 自民・豊田議員が離党届 “秘書への暴力・暴言”報道
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また自民党2回生議員の“不祥事”です。当時の秘書への暴力・暴言などが一部メディアで報じられた自民党の豊田真由子衆院議員が「離党届」を提出しました。
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2017/06/24(Sat) 19:12:04 | 今日の「○」と「×」
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