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アンチ-ロマンチシズムと文学との幸福な共存を謀ります。当面、「炭鉱のカナリア」になる決意をしました。第二次安倍政権の発足以来、国民は墨を塗られるだろうと予測していましたが、嫌な予感が現実になりつつあります。日本人の心性や「日本国憲法」の問題などを取り上げながら、自分の明日は自分で決めることの大切さを、訴えていきたいと思います。
それにしても、小林多喜二の『蟹工船』(1929年,昭和4年)には、擬態語と擬音語が多すぎる。私は今、新潮文庫を見ているのだが、見開きの2ページで、多い場合は7回ほども使われている。

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ゴロゴロ/グイグイ/ゴミゴミ/チラ、チラッ/グルグル/もりもり/バリ、バリ/

(2字以上を繰り返す時に使う,かなの「く」を長くしたような“くの字点”を多喜二は用いているが、ネット上で表示するのは難しいので、ゴロゴロ、という形で列挙した。)

これらの多くがカタカナ書きである事に加えて、“くの字点”を使って表記しているから、視覚的にもそこが目立って、どうも読んでいて目障りな感じがする。

多喜二がオノマトペを多用するような文体を選んだのは、プロレタリア文学の‘大衆化’の為だったらしい。
その当時の労働者階級、‘非インテリゲンチャ’に沢山読んでもらうために、解りやすい(と思われる)表現を採ったのである。

擬態語・擬音語に並んで比喩表現も多い。比喩もまた、読んでいる側にとって割合にラクな表現である。ただ、使いすぎると、読んでいて、またか! という感じになってしまう。
(比喩表現は書き手にとっても安易な側面を持つので、比喩に頼りすぎるのは考えものである。)

その比喩表現であるが、『蟹工船』の中には、ひとつ非常に鮮やかなものがある。

「兎が飛ぶどオ―― 兎が!」誰か大声で叫んで、右舷のデッキを走って行った。

この兎は、カムチャッカの突風の前触れとして、大海原一面を飛ぶ無数の兎である(!!!)。

『蟹工船』には、こういう目覚ましい表現もあるのだが、全体的な印象として開明期の明治文学にも似た、ギクシャクした感じがある。読者は、最初、それを我慢する必要があるかもしれない。
しかし、ドラマが展開するとともに、私はこの小説の欠点が気にならなくなっていた。

プロレタリア文学とは、いわゆる‘目的意識的な’文学であるから、読者は、話がどう展開してゆくかを、あらかじめ予測できてしまう部分がある。たとえば次のように。
外界から完全に閉鎖された蟹工船の内部で、労働者達への「虐使」が行われ、忍耐の限度を越えた彼らの中から労働運動が起こってくる、といった大筋は読む前から想像がつく。
しかし『蟹工船』の場合、こういう木の幹の部分以外に‘枝葉’がうまく書き込まれているので、大筋は判っていても面白い、という事があった。

ノーザンホースパーク2

それに、私には何よりも、労働者達の‘自己保存’の欲求が、身につまされるようだった。

「何んだか、理窟(りくつ)は分らねども、殺されたくねえで。」
「んだよ!」
 憂々した気持が、もたれかゝるように、其処(そこ)へ雪崩(なだ)れて行く。殺されかゝっているんだ! 皆はハッキリした焦点もなしに、怒りッぽくなっていた。
「お、俺だちの、も、ものにもならないのに、く、糞、こッ殺されてたまるもんか!」
 吃(ども)りの漁夫が、自分でももどかしく、顔を真赤に筋張らせて、急に、大きな声を出した。
 一寸、皆だまった。何かにグイと心を「不意に」突き上げられた――のを感じた。
「カムサツカでア死にたくないな……。」
「…………。」
「中積船、函館ば出たとよ。――無電係の人云ってた。」
「帰りてえな。」
「帰れるもんか。」
「中積船でヨク逃げる奴(やつ)がいるってな。」
「んか!?……えゝな。」

(『蟹工船』)

蟹工船の中で行われていた労働者の搾取は、今の法律で言えば紛れもない‘犯罪’である。労働基準法違反とか業務上過失致死傷とか呼ばれる罪よりも悪質な、故意の暴行、また‘未必の故意’による殺人だと言っても過言ではない。
そんな酷い環境にあって、「漁夫」達に残ったのは、‘自己保存’の欲求と、その器としての身体のみだった。その身体も、「虐使」のために何時失われるかわからない。

この最後に残された欲求が、ムックリ立ち上がってくるように、ちゃんと小説が書かれている。
小林多喜二の文学が、単なるアジテーション・プロパガンダの域を超えていたのは、やはり、そのみずみずしい感受性が基本にあった為だろう。


多喜二の随筆に、「北海道の『俊寛』」というのがある。
アジ・プロ的熱っぽさと共に、深く優しい視線があって、読んでみると小林多喜二再発見、という感じだった。短い文章なので此処に載せようかと思ったら、青空文庫で既に公開されていた。
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作家別作品リスト:小林多喜二

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[2011/11/07 06:00] | 日本の近代作家
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